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福岡高等裁判所 昭和32年(う)1095号 判決

控訴人 原審検察官 長田栄弘

被告人 竹田竹治

検察官 西田隆

主文

原判決を破棄する。

被告人を原判示第一及び第二の罪につき懲役六月に

同第三の罪につき懲役六月に各処する。

但し、本裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。

右執行猶予期間中被告人を保護観察に付する。

理由

検察官西田隆が陳述した控訴趣意は記録に編綴の検察官長田栄弘提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し、次のとおり判断する。

検察官の控訴趣意について。

記録によると、原判決は被告人に対し昭和三二年二月二日及び同月六日の各横領(判示第一の(1) (2) )同年三月八日の窃盗(判示第二)並びに同月一六日の詐欺(判示第三)の各事実を認定し、且つ、被告人は昭和三二年二月二二日三角簡易裁判所において、傷害罪により罰金五千円の裁判を受け、該裁判は同年三月一三日確定しているので、被告人の前記各横領及び窃盗の罪については、これらの罪が右確定裁判を経た傷害の罪と刑法第四五条後段の併合罪にあたるから、同法第五〇条により更に裁判を経ない前記各横領及び窃盗の罪について被告人を懲役一年に、第三の詐欺の罪について被告人を懲役一年に各処し、なお、被告人は昭和三一年九月七日三角簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年六月、四年間刑執行猶予の裁判を受けていたが、被告人の前記各犯罪について情状特に憫諒すべきものがあるとして、刑法第二五条第二項、第二五条の二第一項後段により裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予し、被告人を保護観察に付する旨の言渡をしていることは所論のとおりである。

もともと、刑の執行猶予の制度は、犯罪の情状比較的軽くそのままにして改善の可能性があると認められる被告人に対し、短期自由刑を科することによつてともすれば自暴自棄に陥つたり刑務所での悪風に感染したり又釈放後の正業復帰を困難ならしめることのないようにすることを目的として一定限度の刑の宣告をなすと同時に相当期間の執行猶予を言渡すものであつて、一方では、刑の執行猶予の言渡が取り消されることなしに執行猶予の期間を経過すれば、刑の言渡はその効力を失うものとして、被告人の改善を助長するとともに、他方においては、再び犯罪を犯した場合には、いつでも執行猶予を取り消し刑に服せしめるべき旨を警告し、もつて被告人の反省と謹慎を要請しているのであつて、これによつて、刑罰の目的を妥当に達成しようとする刑事政策的配慮を加味したものというべきである。かような見地から刑法はその第二五条第一項において、初度の執行猶予の要件を定め、同条第二項において、再度(いわゆる余罪に関する場合の再度の執行猶予の場合を除く以下同じ)の執行猶予の要件を定めているのであるが、その前者の場合は所定の欠格事由のない者に対し、自由刑については、特に三年以下という短期の懲役又は禁錮の言渡を受けた場合、情状により裁判確定の日から一年以上五年以下の期間内その刑の執行を猶予することができるものとし、その後者の場合には右の執行猶予の言渡の条件を更に厳格に制限し、特に一年以下の懲役又は禁錮の言渡を受けた場合、情状特に憫諒すべきものがあるとき刑の執行を猶予をすることができるものとしている。右のごとき執行猶予の制度の趣旨並びに法文の規定の仕方からみると、自由刑の執行猶予の制度は個々の事件乃至は刑に対するものというよりも、むしろ被告人自体に対するものというところに重点があるものと解されるので、執行猶予の一要件たる宣告刑の制限は当該被告人に対し、同一の審判手続において審判され同一公判期日において宣告される刑の制限であると解すべきである。ところで再度の執行猶予の場合における宣告刑の制限刑期は再度の執行猶予の言渡を受ける場合刑が一個であるとき一年以下であることは敢て贅言を要しないところ、各犯罪の間にある罪につき確定裁判を経たものがある関係により数個の懲役又は禁錮刑に処すべき場合そのすべての刑について再度の執行猶予を言渡すにはその刑期を合算したものが一年以下でなければならないと解するのが相当である。従つて、右後者の場合各刑期を一年以下としてもこれを合算すれば一年以上となるがごとき場合はこれ等の各宣告刑に対し刑法第二五条第二項により刑の執行猶予の言渡をなし得ないものといわなければならない。もし、それ宣告刑を合算したものが一年以上となつても、その各個の刑が一年以下であるならば、刑法第二五条第二項によりそれぞれ執行猶予の言渡をなし得るものと解せんか、数個の犯罪の間に確定裁判を経たものがないときは、数個の犯罪は刑法第四五条前段の併合罪となり同法第四七条第一〇条により一個の刑が言渡されこの場合必ずや一年以上の刑が言渡さるべきことが推断されるのであるが、この場合刑法第二五条第二項により執行猶予の言渡をなし得ないことはいうを俟たない。しかるに、たまたま数個の犯罪の間に確定裁判を経たものがあるという一事により各別の刑が言渡されたためその各個の刑期につき各一年の言渡をしこれを合算したものが数年となつてもなお且つ、執行猶予の言渡をなし得ることとなる。かかることは刑法第二五条第二項の立法精神に合致する所以でないことが明らかであろう。

しかるに、原判決は冒頭に掲記するとおり被告人に対し、各懲役一年の二個の刑を科し、それぞれについて刑法第二五条第二項により再度の執行猶予を付しているのであるから、原判決は刑法第二五条第二項の解釈を誤つたか、或いは誤つてこれを適用したものというべく、しかもこの誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は刑事訴訟法第三八〇条第三九七条第一項により破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで当裁判所は原判決を破棄した上、同法第四〇〇条但書に従い、更に判決をする。

原判決の確定した事実に、法令を適用すると、被告人の所為中第一の横領の点は各刑法第二五二条第一項に、第二の窃盗の点は、同法第二三五条に、第三の詐欺の点は、同法第二四六条第一項に該当するところ、右第一及び第二の罪は、原判決の認定した確定裁判を経た傷害罪と刑法第四五条後段の併合罪であるから、同法第五〇条により、更に、未だ裁判を経ない右第一、第二の罪について処断すべく、同法第四七条第一〇条により、その最も重い窃盗罪の刑に法定の加重をし、その刑期範囲内において、被告人を懲役六月に処し、第三の罪につき、所定刑期範囲内において、被告人を懲役六月に処し、なお被告人には昭和三一年九月七日三角簡易裁判所において、窃盗罪により懲役一年六月四年間執行猶予の言渡を受け、現にその猶予期間中であるが、いずれも情状特に憫諒すべきものがあるので刑法第二五条第二項第一項第二五条の二第一項後段により本裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予し、猶予の期間中被告人を保護観察に付し、原審並びに当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人には負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 生田謙二)

原審検察官の控訴趣意

原判決は法令の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明かである。即ち原判決は公訴事実をそのまま認め、被告人が昭和三十二年三月十三日傷害罪にて罰金五千円の確定判決を受けているので、第一及び第二の罪に付懲役一年に、第三の罪につき懲役一年にそれぞれ処し、被告人は昭和三十一年九月七日三角簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年六月、四年間執行猶予の裁判(同年同月二十二日確定)を受け、その猶予期間中であるが、いずれも犯情特に憫諒すべきものがあるとして刑法第二十五条第二項、第二十五条の二第一項後段により裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予し被告人を保護観察に付した。

そもそも刑法第二十五条第二項は前に禁錮以上の刑に処せられたることあるもその執行を猶予せられたる者一年以下の懲役又は禁錮の言渡を受け、情状特に憫諒すべきものあるときに限り再度の執行猶予を認め、犯罪者に更生の機会を与えたものであること論を俟たない。

然るに本判決の二刑を合算すれば懲役二年となり、偶々第一、第二の犯罪時と第三の犯罪時との間に傷害罪で罰金の確定判決を受けて居るので二刑を科した丈で、若しこの確定判決を受けて居なければ一年を超える判決を言渡すことになつたであろうことが想定されるし、且つ執行猶予を取消された場合には合算して二年の刑の執行をすることとなるのであるから本件量刑は実質上一年を超えるものであり、被告人は現在刑の執行猶予期間中であるから、二度目に一年を超える懲役刑に執行猶予を言渡した原判決は違法な判決であり破棄を免れないものと思料する。

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